書を食む六畳間

ブログ主ほむがおすすめ本や雑記を紹介

煙か土か食い物

[小説][ライトノベル]

煙か土か食い物 講談社

煙か土か食い物 (講談社文庫)

煙か土か食い物 (講談社文庫)

著者は舞城王太郎

最初の1,2ページで主人公奈津川四郎の軽快な口調で読み進める。ロックやへヴィメタを読んでいるかのよう。
主人公はアメリカサンディエゴでER 救急救命士をしている。次々と運び込まれる患者をまさに捌いていく。

 サンディエゴにはおよそ三百万人の市民が住んでいるが、そいつらがどういうわけだかいろんな怪我や病気を背負い込んでホッジ総合病院にやってくるから、ERにいる俺は馬車馬三頭分くらいハードに働いてそいつらを決められたところに追いやる。チャッチャッチャッ一丁上がり。チャッチャッチャッもう一丁。

俺口調から予想されるように気は荒く頭は切れる。

そんなところに日本へ帰れと上司に言われる。母親が倒れたと。

舞台は日本、福井県へ。詳しく聞くと頭を殴られ生き埋めにされたとのこと。死んではないがほかの家族も被害にあう。

犯人は誰か?

この小説はサスペンスの色付けはあるが根底は奈津川家の人間大河だ。

そして大きな驚きはない。

ただだだ四郎が軽口を叩く。

四郎は兄弟や旧友と再会して事件の真相を探る。

魅力は口語の語り。捨て台詞、罵倒、世辞、会話全般がすらすら流れるように読める。

恐らく四郎を書いてるうちに「こう動く」「こう喋る」というふうにキャラが勝手に行動してる気もする。
書くのが苦ではないだろう。

犯人探しは二の次だ。

ここから舞城王太郎の作品を気にして購入したりする。

デビュー作からおすすめする。

幻獣少年キマイラ キマイラ 吼

[小説][SF]

懐かしいタイトル、これは小学生の頃読み始めシリーズを重ね30年以上経つが未だ完結されない大河物語だ。

幻獣少年キマイラ 夢枕獏 角川書店

完結されない理由はいくつかあるが大きく2つある。著者の夢枕獏がこの作品を愛し大事に執筆してるため。もうひとつは連載誌の度重なる休刊だ。こればかりは仕方ない。


さて、物語は主人公(後述)の大鳳吼が九十九三蔵と真壁雲斎と出会うあたりから動く。しなやかな体躯は武術の才が見てとれる。しかし性格は穏やか、内に暗いものを持っている。

このあたりから空手の描写が少しずつ出てくる。
全編通して格闘小説でもある。そこは夢枕獏。「餓狼伝」原作者だ。

ライバルの立ち位置にいるのは九鬼、恋のライバルは三蔵。三蔵に敵意を燃やす菊池。菊池に惚れた典善、武骨で空手有段者の阿久津をも倒す菊池、美麗な龍王院など登場人物はそう多くはない。

多くはない分ひとりひとり夢枕獏はスポットを当てそれがどれも魅力的に描かれている。

格闘が全編に渡るならこれらの登場人物の心の在りかたもまた全編に渡る。
それ故に全員が主人公と言っても過言ではない。

三蔵の兄、九十九乱蔵が主人公のスピンオフも刊行され、また絶大なカリスマ性を誇る龍王院宏が主人公の物語も刊行される人気だ。



さて、ぶっちゃけネタバレというかキマイラというくらいなので大鳳は化け物になることを書くのは許してほしい。
そう、理性を失いキマイラとなった鳳は心を委ねられた者たちから去っていく。
大鳳を救うのが変わらない骨格だ。
後半は壮大な話しになるので若干置いてけぼり感はある。

魅力は何と言ってもその文体。余白を存分に使い「間」を読ませる技術。
格闘シーンのスピード感や間合いを取るじりじりとした喉の乾くような鬩ぎ合い。

読ませ過ぎてお気に入りの登場人物エピソードをずっと読みたくなる。

夢中で読んだ至福の時代。

昔はメジャーなキマイラだったが現在知る人ぞ知るというマイナー気味な傾向。
きっとあと10年は完結せず新規に読まれるのを待っているはず。

現在出版元が変わっている。

屍人荘の殺人

[小説][ミステリ]

今回は比較的新しい本を。

「屍人荘の殺人」東京創元社

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

今村昌弘デビュー作にして4冠。

このミステリーがすごい!」1位
週刊文春ミステリーベスト10」1位
本格ミステリ・ベスト10」1位
「第18回本格ミステリ大賞」大賞
(上三段は2018年のもの)

なぜこれほどまでに受け入れられたのか。

ミステリファンの渇望に見事嵌まったのではないか。
日本で本格密室の起源は異論はあるだろうけど「十角館の殺人綾辻行人館シリーズだろう。
シリーズにしたことで読者は前提として同じ建築士による奇妙な館で密室殺人が起こり、探偵役はいつもの人と、新たな情報を頭に入れる必要なく肝心な密室、手法に専念できた。そして「十角館」の水準を期待してシリーズを制覇していく。

「十角館」は孤島の館を舞台にしてクローズドサークルを形成していた。
同作家の「霧越邸殺人事件」は吹雪で身動きが取れない邸宅が舞台だ。

クローズドサークルにより犯人も犠牲者も館にいる人物に限られる。

これにより余計な外部の人間の仕業や抜け道があったなどを排除する。勿論排除が鉄則だ。

そして「屍人荘の殺人」である。トリッキーを思わせるが実に妙手。

こればかりは記事で書けないのだけどクローズドサークル自体が必要だった。
いくら外が吹雪でも絶海の孤島でもそういう条件だと割りきれば忘れてもいいものだ、と言ったら少し乱暴かもしれない。

この設定をアリだと認められた。

みんな館に飢えていたのだ。

勿論綾辻氏の「館」シリーズから「館もの」は数知れず刊行されている。

編集部も読者も嗅ぎとったのだ。「屍人荘の殺人」という一見武骨な、しかし語感になにか胸のうちで鼓動を鳴らすような響きを。

「これ、あれかも」

さて、本題。訳ありなサークルに同行することになった主人公一同。

割りとページも早くクローズドサークルは始まる。
たらだらしないテンポの良さ。ページが進む。
作中の登場人物は作者から覚えやすい提案を出してくる。

館の登場、しかし外界とは隔離されてはいない。また遠くで野外フェスがあり数万という人間もいる。
サークルメンバーは直接フェスとは関係ない。

物語の核となる場面になるのか同時進行でとある理念のもとに謎の人物による仕掛けが行われる。

それが後になり舞台の一部となる。これだけではなんのことかさっぱりだろうが言えない。

噛み砕けば海であり吹雪になる。

そして無くてもいいものでもある。

ただ館から逃げるため吹雪に飛び込んでも致命的に殺傷的にならないように、また海を泳いでも致死的にではない。

海は館内には影響しない。

吹雪も館内をせいぜい冷やすだけだろう。

このミステリにおいてそう言えない絶望的に致命的な仕掛けとなっている。

少しバレに近くなってきたのでここまでにする。

そして賛否が分かれるところでもある骨格。

ただこれによりシリーズが可能な終り方を残したので次作を大いに期待したい。

砂の女

[小説][純文学]

はじめまして。元書店店長ほむです。
退職してからずいぶん時が経ちました。その後数年~数十年?本から遠ざかっていました。
職場が変わり読書に時間を割けなくなったからです。
それでもいつしか仕事にも慣れ要領よく自分の時間が取れるようになりまして
この1年少しずつ読書ができる頭になりました。
読書って読めないときは時間があっても頭に入らないものです。

このブログでは読書歴と復帰してから読んだ本を紹介したいと考えてます。

読書傾向は乱読、もしくはミステリーなどです。

砂の女安部公房 新潮社

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)


著者の代表作にて傑作。書店に勤めていた頃は夏の文庫フェアの常連で、フェアじゃなくても書店の「常備」と同等の作品。映画化もされました。

主人公の男が昆虫採集で立ち寄った集落。そこは家々がみな窪んだ砂地の底にあった。
村人たちは今日はここで休みなさいと宿を勧める。
村人たちは縄梯子で出入りをしていた。男が穴の底に降りると一軒の家と女がいた。

一晩宿を借り翌朝になると縄梯子が外されていた。

初めから異質な舞台と謎多き設定。
魅せられるように読んだ。

砂はどこからともなく戸の隙間から入り込む。ざらざらと体にまとわりつくのを覚える。

砂は毎日穴から掻き出し外へ運ばなければ家が埋もれるという。

村人は男に永住を望んでいるのか、何か秘密を外に話されたくなかったからなのか、男は焦り脱出を試みるも失敗に終わる。

とてもクライミングできるような窪地ではくさらさらと壁が崩れる。

炎天下と砂の組み合わせ。汗に砂がつき服の中にも入り込みざらざらとした不快感がありありとイメージできる。

やがて男はこの環境に順応していく。

砂の窪地ではもちろん村人からの食事と水の配給がなければ生きていけない。女もいるのだ。

拷問されるわけでもなく家も食事もある環境であるなら人は慣れる。

いつしか女が妊娠した。

病院に運ぶため縄梯子が下ろされた。

そして外される様子もなく穴の上部で人の気配もない。

しかし男は逃げることをしなかった。

男は村の利益になるような装置を考えていてそれを話したかった。

集落を考え村人との連帯感を覚え女との将来を考えている。

数年後、男の妻から出された失踪届けは裁判所で男の死亡と認定された。


砂とは何だろうか。安部公房現代社会に例えたとの意見もある。

みな抜け出したいがいずれ慣れてしまいそれを不幸と思わずそこに適した慣習や法律、サービスや商品を生み出し疑問すら頭から抜け落ちる。

とても皮肉めいた作品だ。



安部公房のこの奇怪設定はほかの著作も読みたくなるほど秀逸。

スマホからの更新なので長くは書きませんが世界各国で翻訳され映画化もされた作品。
ページ数も値段も手頃なのでぜひ一読を。